※1000年後に随筆として教科書に載ることを目指しています
桜の季節がやってきた。宇陀の桜の名所といえば又兵衛桜である。又兵衛桜は大坂の陣で活躍したとされる後藤又兵衛にちなんだ命名である。
これは大宇陀のクソ田舎にありアクセスは悪いが、満開の頃にはそれなりの人が花見に訪れ、いかにも名所というべき風情がある。
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ところで宇陀は榛原の駅から徒歩五分、宇陀川沿いに桜並木がある。ここは所謂観光スポットとして着目されているわけではない。ゆえに地元の人以外が訪れることの少ない、いわば穴場である。
多くの人に知られないまま毎年花を咲かせては散りゆくさまには、かえって心に残るものもある。ここは万葉集で猟路の桜と言われている由緒正しい桜らしい。
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私はかつて榛原に住んでおり、毎年のようにこの桜を眺めて学校に通ったものである。
その時分の桜に目もくれない餓鬼にはわからなかったが、上京して十年経ち、従姉の結婚挨拶があるとかで帰省した春にそれを見たそれは、ただ美しいというほかなく、魂消るばかりであった。
時を経るに連れて、桜は変わらずとも人の価値観は変わっていくものである。
近頃は桜が映える場所には聞きつけた人々が花見に殺到し、とても落ち着いて見れたものではない。
名を得たもののもとに人の集まるは世の常ではあるが、その賑わいは却って桜の儚い美しさにはそぐわないものではないか。
そういう意味で、かような人の少ない田舎の桜並木はことさら貴重なのである。
これまで盆と正月以外は面倒くさがって東京から出ることのなかった私も、この桜に脳を焼かれては是非見に行かねばと重い腰を上げた。
事前に開花時期を調べ、有休を取り、前泊して万全の態勢で桜を見る姿勢を整えた。
せっかくなのでこれまで見たことのない又兵衛桜も見てやろうということで、どちらも見に行くような計画を立てた。
かくして当日、宇陀川に訪れた私が見たものは、まだろくに開花もしていない桜の木であった。
入念に計画を立てているようで、その実まんまと開花予想を外してしまったのである。桜を見るという行為への理解不足のなせる業である。

意気消沈した私はそのまま又兵衛桜に向かう。バスで30分、又兵衛桜は満開とはいかないまでも、十分見応えのある美しさであった。人もそれなりにいた。桜への道をテントが塞いで通行料を要求していた。
いかにも高そうなカメラを構えながら100円の通行料をケチる人々を横目に、私は桜の目の前に立つ権利を得た。そのままいくつか写真を撮り、バスが全然来ないので歩いて駅を目指すことにした。

帰り道の私は、ことさらに意気消沈した。これではまるで、当たり前のように観光地に桜を見に来ただけの人ではないか、と。
思い返すと私の人生はいつもこうである。毎日をだらだらと過ごし、突然閃いた非凡な発想はおおむねうまくいかず、またふつうの人のふりをする日々に戻るだけである。
世の中には、すばらしい価値を秘めながらも日の目を浴びることがないものがたくさん転がっている。その価値を知っているごくわずかな人々は、私だけがこの価値に気付いているのだという一種の誇りを持ち、よりたくさんの人にその価値を知ってもらおうとする。
しかし、多くの場合それがうまくいくことはない。なぜなら既に世間で日の目を浴びているものの多くは、実際にとてつもない価値を放つもので、大衆の日の目を浴びるだけの価値があるものだからである。
人の世の評と、ものの真の価値とは、必ずしも一致するわけではないが、大きく乖離することもそうないわけである。そこらへんの有象無象が主張する価値が大衆に認識されるというのは、それはもう珍事という他ないだろう。
しかし、それもまた良いのではないだろうか。大衆の注目を勝ち得てはないが自分だけが気付いている価値あるものが多ければ多いほど、その人の人生は豊かであるということもできる。
又兵衛桜を離れ、駅へと向かう宇陀川沿いの帰り道は猟路の桜に続いていた。
川辺にはダイサギ、カルガモ、ハクセキレイ、たくさんの鳥たちが暮らしている。ウグイスは春の訪れを叫び、ツバメは爆速で飛び交っている。
































